カウンセラーからのおすそわけ 2006年07月

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理解を得るための3要素(2) 

相手の理解を得るための二つ目の要素は、「パトス」です。
「パトス」とは、感情、情緒、気持ちのことです。

感情は、物事を判断する時にとても大きな役割を担っています。

基本的欲求を満たすものの場合には、「好き」、「うれしい」、「興味深い」、など
という感情が湧いてきます。

一方、基本的欲求が満たせない場合には、「嫌い」、「悲しい」、「つまらない」、
という感情が湧いてきます。
感情は、その人の基本的欲求に直結しています。

コミュニケーションは、情報を伝えると共に気持ちも伝えるものです。
自分の気持ちを示さずに情報だけ伝えても、相手の心には届きません。
また、聞いている人の気持ちを無視して、伝えたいことだけ伝えても理解は得られま
せん。

気持ちと気持ちの交流が大切なのです。
気持ちの交流が起こると理解が得られやすくなります。(yoshi)
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理解を得るための3要素(1) 

相手の理解を得るための一つ目の要素は、「エトス」です。

「エトス」は、その人の持つ信頼性や人格のことです。
人は、よく知らない相手の場合には、声の調子、話しの間、容姿など、相手の第一印象によって信頼できるかどうかを測ります。

しかし、しばらく付き合っていくと、話し手の行動が大きな意味を持つようになります。

行動には、その人の考えていることや価値観が反映されています。
行動は、本人よりも周囲の人の方がよく見ることができるのが特徴です。

「この人の言うことなら間違いない」、「この人が勧めるなら試してみよう」というのは、話し手を上質世界に入れた時に起こる現状です。
理解の得られやすさは、その人の普段のあり方が大きな決め手になります。

付け焼き刃ではなく、少しずつ地道に取り組んでいることが信頼を築く礎となるのです。〈yoshi〉

可能性を高めよう 

人生において、可能性と不可能性とどちらが多いと思いますか?

不可能性は0%を意味する言葉です。
可能性は、0%以上の数字全てをさします。
仮にその数字が0.1%だとしても、それは可能性があることを意味しています。

そう考えると、人生は可能性に満ちてきます。

不可能性と可能性が低いということは、同じことではありません。
人生は、思いがけないことが往々にして起こるものです。

仮に今は可能性が低くとも、0%でないなら可能性を信じ続けても良いのではないでしょうか。

可能性があるか、ないかを問題にするのはやめておきましょう。
可能性は、高めるものです。

いろいろな事から学び、体験し、修得すれば、可能性は高まります。
そして、可能性が高まれば高まるほど確信が持てるようになります。

あなたの人生は、可能性に満ちているのです。(yoshi)

理解を得るための3要素 

相手の理解を得るためには、ただこちらの思いを伝えれば良いというものではありません。

選択理論でいえば、理解を得るためには、まず相手の上質世界に入れてもらうということが必要になります。

では、どうしたら相手の上質世界に入れてもらえるのでしょうか?

アリストテレスは、説得の要素として次の3つを記しました。
1.話し手のエトス
2.聞き手のパトス
3.メッセージのロゴス

これらは、相手の上質世界に入れてもらい、理解を得る時にも影響を与える大切な要素といえます。
つづく・・・。(yoshi)

「タフ」な人 

つらい経験をした時に、それを乗り越えるには精神的に"タフ"であることが求められます。
精神的に"タフ"な人には、いくつか特徴があるように思います。

まず、一つ目は希望を持ち続けるということです。
「持ち続ける」というのは、動詞です。
動詞は、自ら選択するものです。
「希望を思い描き続ける」という行動を選ぶ人は"タフ"でいられます。

もう一つの特徴は、つらい経験を「試練」と捉えるということです。
つらい時に「苦難」と考えると自分に出来る事は何もないような気分になります。
「苦難」という表現は、受動的な表現だからです。

「試練」は、能動的です。
「試練」という表現は、つらい状況から自分を練るための材料を探す意気込みを沸き立たせる表現です。

「希望を持ち続け、試練から学ぶ」

これが"タフ"さを造り上げる秘訣なのではないでしょうか。(yoshi)

人生のおどり場 

人生には、うまくいく時もあれば、そうでないこともあるものです。

仕事が成功していると思っていたら、急に思うように成果が上がらなくなったり、人間関係がうまくいっていると思っていたら、なんだかギクシャクしだしたりすることがあります。

これは、成長のための新しい課題があらわれたために起こる現象だと考えられます。
私は、これを階段のおどり場になぞらえて、人生のおどり場とよんでいます。

階段には、各階におどり場があります。
おどり場があると、ムリなく上へのぼって行くことができます。

人生も同じなのではないでしょうか?
人生は、一本調子で右肩上がりに上手くいくわけではありません。
一本調子で成長していくと必ずどこかにムリが生じるのです。

おどり場では、休息が必要かもしれません。
あるいは、ペース配分を考え直さなければならないかもしれません。
上へ昇っていくために、もっと効果的な方法を考える必要があるかもしれません。
充分な準備を整えて人生のおどり場を乗り越えた時、その人はより高いところへ昇っていくことができるようになります。

人生のおどり場に差しかかった時、何を考え、どのように行動するのかがとても重要です。(yoshi)

決められない時には、待とう 

決断力があるのは、良いことです。
でも、物事いつでも決断できるというわけではありませんよね。

決断できない時、迷う時があって当然です。
そのような時には、無理に決断しないことが良い選択です。

迷うのは、おそらくあなたの本当に願い求めるものではないからです。

選択理論では、願いは上質世界という特別な記憶の場所に保存されています。
この上質世界に適うものであり、それが優先順位の高いものであるなら、迷いなく決断ができるでしょう。

しかし、迷うというのは、上質世界に入っていないか、あるいは入っていたとしてもそれほど優先順位の高いものではないということです。

決められない時には、無理をして決断をせずに待ちましょう。
本当に必要なものであれば、迷わず決断できる時がくるはずです。(yoshi)

良い人生を選びとる秘訣  

選択理論心理学を学ぶと、良い人生を選びとる秘訣が見えてきます。

良い人生を選びとる秘訣として最も重要なことは、最も単純なことでもあります。
それは自分の行動の意味を正しく知ることです。

私たちの行動は、原理原則に基づいて働いています。

自分のためになる行いを実行し、自分の願いに役立つ考え方をすれば、体の調子は良くなり、気持ちは晴れやかになります。

逆に、自分のためにならない行いを実行し、自分の願いに役立たない考え方をすれば、体の調子は悪くなり、不快な気持ちになります。

注意したいのは、体の調子や気持ちが行動や考え方を決めているのではないということです。
行いと考え方が体調や気持ちを生み出しているのです。

良い人生を選びとる秘訣とは、何をするのか、どのように考えるのか、を選択することなのです。(yoshi)

「なぜ?」という質問をしない 

私たちには、困難に合ったときにしたくなる質問があります。
それは、「なぜ?」という質問です。

「なぜ、あんなことを言ってしまったのか?」
「なぜ、私がこんなに不幸な目にあわなければならないのか?」
「なぜ、もっとしっかりとした行動がとれなかったのか?」
こんな質問を自分に対してすることはありませんか?

通常、「なぜ?」という質問をしても、満足のいく答えは得られません。
確かなのは、今困難であるという事実です。

誰かが思うように動いてくれない時にも「なぜ?」という質問をしたくなります。

「なぜ、もっとしっかりやれないの?」
「なぜ、約束を守らないの?」
「なぜ、準備しておかなかったの?」

この質問に対する答えも、同様です。
相手が思うように動いてくれない時に「なぜ?」と質問すると、相手はおそらく言い訳をいうでしょう。
中には正当な言い訳もあるかもしれません。
しかし、どんなに正当なものでも、うまくいっていない事実に変わりありません。

「なぜ」という質問をしても解決は、得られません。
質問をするなら、「なに?」と尋ねるのが良いでしょう。

「なにをしたの?」
「なにが起こったの?」
「なにをするつもりなの?」

「なぜ?」よりも「なに?」という質問の方が有益な情報が得られます。(yoshi)

"ありがとう"と言ってみよう! 

今日のおすそわけを読んで下さって「ありがとう」。
皆さんが読んで下さるのが、とても励みになります。

「ありがとう」は、不思議な言葉です。
「ありがとう」というと、少し気持ちがおだやかになりませんか?

「ありがとう」は、孤独を癒す言葉です。
どんな小さなことでも、気遣いを感じたら「ありがとう」というと、その人とつながっているという感じがします。

「ありがとう」は、元気が湧いてくる言葉です。
つらいとき、悲しいときに「ありがとう」をいうと、少し力が湧いてきます。

「ありがとう」という言葉は、良い言葉ですね。
今日は、何回「ありがとう」と言いましたか?(yoshi)

メンタルヘルス(後編) 

グラッサー博士は、心の健康のためには、人間関係が大切であることを強調しています。

信頼と尊敬にもとずく人間関係。
愛情にあふれ、安心できる人間関係。
おだやかに話し合って調整できる人間関係。

人間関係の質が高まれば、心の健康も保ちやすくなります。

あたたかい人間関係を築くためには、外的コントロールを手放すことです。
そして、選択理論(内的コントロール)を実践することです。

また、グラッサー博士は今年の国際会議で「自分が選択理論を学ぶだけでなく、
他の人々に選択理論を教えていくことを期待している」とご自身の願いを話されていました。

薬物を使わなくても幸せになれる、ということを教えて欲しい。
暴力を使わなくても幸せになれる、ということを教えて欲しい。
外的コントロールを使わなくても効果的な人生を送ることが出来る、ということを教えて欲しい。

こうしたことは、選択理論を学ぶことで身に付けることができます。
学ぶことは、選択肢を増やすことにつながります。
その選択肢の中から人生に有益なものを選ぶのには、勇気が必要になるかもしれません。
しかし、賢明な選択をすることは、薬を使うよりもメンタルヘルス(心の健康)に役立つのは明らかです。(yoshi)

メンタルヘルス(前編) 

昨日、無事にNYから戻りました。

今回の国際会議では、メンタルヘルスが注目されていました。
メンタルヘルスは、心の健康のことです。
メンタルヘルスを目指すためには、心の健康に役立つ教育が必要になります。
しかし、日本のメンタルヘルスは、精神障害の現状や症状に関する情報が主になっており、心が不健康になってしまってからの対処法に比重が置かれているように思います。

メンタルヘルスでは、対処法よりも予防法に注目することが必要です。
メンタルヘルスに必要なことは、精神の異常ではなく精神の健康についての教育です。
予防は、教育によって成果を発揮します。

交通事故の死亡率は、シートベルトを付ける教育で低下しています。
タバコを吸っていた人が吸わなくなるのは、教育の成果です。
健康維持のためにサプリメントを飲む人、運動をする人、ウェイトコントロールしている人も公衆衛生の教育によってなされた成果です。

メンタルヘルス(心の健康)のために役立つことを学ぶことが、私たちを不幸から遠ざけてくれるのです。
・・・つづく。(yoshi)

社会性発達のレベル 

インターナショナル・カンファレンスも、いよいよ最終日です。

今日は、マービン・マーシャルの分科会にでました。
特に感銘を受けたのは、Level of Social devlopment(社会性発達のレベル)についてでした。

私たちは、内側からの動機を持っています。
しかし、外側からその動機を伺い知ることはできません。
マービン・マーシャルは、動機付けの状態をABCDの4つのレベルを用いて説明しています。

A(Anarchy)は無政府状態のことです。
Aのレベルでは、自分勝手に振る舞うので周囲とうまく関わることができません。

B(Bulling/Bothering)は、自分だけのルールで行動することです。
いじめをするような場合には、Bのレベルで行動をしています。
Bのレベルで行動している時も周囲と協力するのは難しいといえます。

C(conformity/cooperation)は、外側の基準に従うことです。
Cのレベルは、一見すると協力的にみえます。
しかし、Cのレベルは「いわれたからする」というものです。
自発的に喜んでしているわけではありません。
「見ていればするけど、見ていければしない」というのはCのレベルです。
またCのレベルの場合、喫煙や薬物など仲間のプレッシャーに負けて従ってしまうことがあります。

D(Democracy)は、自分自身にとって意義あることをするということです。
自分が必要だと思うので行う。
信念に従って行動する、というものです。

行動は同じでも、動機付けがCからくるのかDからくるのかはとても大切です。
同じ行動でも、「人から言われるからする」というのと「自分が必要だと思うので誰も見ていなくてもする」というのでは、大きな違いがあります。
従うということは、外側に依存しているということです。
自らの願望を涌きたたせることになりません。

良い気分を内側から引き出すのは、Dの段階です。
ある行動をするときに自らに質問してみて下さい。
「今のはどのレベルですか?」(yoshi)

選択理論の実践報告 

今日は、昨年の5月に視察したグランド・トラバース・アカデミーのアリソン先生の分科会に出ました。

グラッサークオリティスクールであるグランド・トラバース・アカデミー(GTA)は、ミシガン州にある幼稚園から高校までのチャータースクール(州からの補助金を得て、私立で運営する学校)です。
現在、第三者機関によって4年計画で学業成績や生活態度などにみられる成果について他の学校との比較調査が行われています。
調査は、今年の11月に終わるということで、最終段階に入っているようです。

分科会では、これまでの調査結果とGTAの特徴について報告がありました。
調査結果として、学業成績と人格面で高い教育効果が見られると共に、子どもたちの基本的欲求の充足度も高いことが示されていました。
GTAは、特色のある授業の方法、学校の構造、成績のつけ方、教科外活動など、上質な学校を作り上げるために様々な工夫がなされています。
しかし、成功にいたる過程でもっとも注目される点は、先生たちが選択理論に真剣に取り組んでいる点です。

アリソンは、「教師が自分で自分に対して選択理論を使うこと重要です。教師が選択理論を使っていることを見て、生徒たちは選択理論を学ぶことになるのです。」と話していました。
これは、学校教育だけではなく、家庭や仕事の中でも同じことがいえると思います。
よいモデルを示すこと、そして良い人間関係を築くこと、この2つは分野を問わず、もっとも大きな説得力をもっているのです。(yoshi)

常識が教えていること 

いよいよ、今日からウィリアム・グラッサー協会のインターナショナル・カンファレンスが始まりました。

グラッサーの基調講演は、メンタルヘルスを中心にしたものでしたが、これは日本選択理論心理学会の年次大会で報告があると思いますので別の内容をおすそわけしたいと思います。

基調講演で「常識」について触れられている場面がありました。
私たちは、知らず知らずのうちに、常識を基準にして物事を考えてしまいます。
この常識とは、いったい何でしょう?
常識が教えていることは、どんなことなのでしょうか?

グラッサー博士は、「常識とは、自分の行動とは違う行動をする人が世の中にいることを教えている。もし、皆が同じ行動をとるのであれば、常識は教える必要がないはずである。」と話されていました。
常識は、あくまでも大多数の人がとる行動様式を表しているにすぎません。
少数の人もいるのです。

しかし、常識という見方をすると少数の人の行動が許せなくなります。
この時に、外的コントロールの誘惑が私たちにささやきます。
「相手は間違っている。間違いを正すのは私に課せられている道義的責任である。」
自然界では、みんなが同じということはありえません。

花がバラだけになったらどうでしょうか?
果物がメロンだけになったらどうでしょうか?

これは、おかしなことです。
花は色々な種類があるのが自然です。
くだものも色々な種類があるのが自然なのです。
人間も、多数派がありますが、少数派もいるのが自然なのです。
その違いを調整する知恵が、与えられているのは人間だけです。
少数派の行動があってはならないというのは、少し無理があります。

安易に相手を常識に従わせようとして外的コントロールを使えば、かならず争いが生まれます。
常識が教えていることの意味を理解しましょう。
大多数の人とは違う行動をとる人がいた時には、おだやかで賢明な対応が必要です。
あなたならどんな対応をしますか?(yoshi)

力の欲求の暴走 

昨日、9.11の記憶が残っている世界貿易センター跡、グランドゼロを見て来ました。
2000人以上の尊い命が失われた悲しみを忘れないように残されている跡地には、今も多くの人が訪れていました。
周囲の高層ビルの中に、ポッカリと穴が空いたようになっているグランドゼロ。
その異様な光景に、訪れたほとんどの人々はほとんど声を出すことなく、ただグランドゼロを見つめていました。
力の欲求が暴走した時の恐ろしさと悲惨さを目の当たりにして、「外的コントロールは、力の欲求の落とし子である」というグラッサー博士の言葉が、思い出されました。
グランドゼロは、「正義や道義を第一として力を行使する時、本当に人は幸せになるのか?」という問いを投げかけているように感じられました。
人は、正義や道義に振り回され、力の欲求を暴走させてしまう傾向を持っています。
正義や道義の前に、まず情を大切にすることを忘れてはならないと思います。(yoshi)

生まれてはじめてのことをやってみよう!! 

私は今日、生まれてはじめてミュージカルを見て来ました。
チョイスしたのは、「オペラ座の怪人」です。
せっかくニューヨークに来ているので、これをのがす手はありません。
日本を出発する前に、しっかりDVDを借りて予習をしたため、英語でも全然苦にならずに楽しむことが出来ました。
生まれてはじめての経験でしたが、新しい、楽しみの欲求を満たすレパートリーが1つ増えました。
さて、皆さんは、趣味をお持ちですか?
何をしている時が楽しいですか?
人には、それぞれ自分なりの楽しみがあると思います。
でも、長く続けているとやがて"慣れ"がおとずれます。
"慣れ"は、学習という意味では良いのですが、最初の頃の感動や感激は次第に薄れていきます。
これは、人間の基本的欲求の特性なので仕方ありません。
でも、感動や感激を新たに体験する方法はあります。
それは、生まれて初めてのことに挑戦してみることです。
生まれて初めてのことには、楽しいという実感を強く感じる可能性が秘められています。
もしかしたら、これまでに気づかなかったことを知ることになるかも知れません。
生まれて初めてのことは、少し躊躇するかもしれません。
しかし、挑戦してみませんか?
仮に期待がはずれたとしても、話しの種にはなりますよね。(yoshi)

立ち位置を決める 

今、私は太平洋の空の上にいます。
実は、リアリティセラピーのインターナショナルカンファレンスに参加するためにニューヨークに向かっている飛行機の機内で、この「おすそわけ」を書いています。
今週は、アメリカから「おすそわけ」をお届けします。
世の中には、いろいろな価値観があります。
そして、人はそれぞれ自分の価値観にしたがって行動しています。
なによりも相手との関係を大事に考えて行動を決める人がいます。
目標達成や成果を上げることを最優先に行動する人がいます。
何ものにも束縛されず、自由を第一にして行動する人がいます。
興味や、関心、探究心にしたがって行動する人がいます。
危険を避け、安全を確認してから行動に移る人がいます。
自分の価値観が明確な人は、自分の立ち位置が決まっている人です。
立ち位置が決まっていると、
困った時にどのような行動を選択したらよいのかが見えてきます。
自分の立ち位置を決めると、自分にとって大切なものを選ぶことが出来るようになります。
自分の立ち位置を決めると、思いきって決断することが出来るようになります。
自分の立ち位置を決めると、まわりの意見に流されなくなります。
そして、自分の立ち位置を決めると、目標を定めやすくなります。
あなたは、自分の立ち位置が決まっていますか?(yoshi)

羨望と尊敬 

人から認められるたいと思う気持ちは、とても大切なものです。
それは、力の欲求を満たすことになるからです。
人から認められる時には、2つのあり方があります。
1つは、「うらやましい」と思われることです。
もう1つは、「尊敬」されることです。
人がうらやむものは、どんなものでしょうか?
裕福でうらやましい。
勉強がよくできてうらやましい。
大きな家に住んでいてうらやましい。
人は、いろいろなものをうらやましがります。
「うらやましい」は、その人そのものを認めているわけではありません。
その人に付属しているものを賞賛しているにすぎないのです。
「尊敬」はどうでしょうか?
誠実さが尊敬できる。
思いやり深さが尊敬できる。
真剣に物事に取り組む姿勢が尊敬できる。
「尊敬」は、その人の内面を触れた時に感じるものです。
その人の人格を認めた時に「尊敬」という感情が生まれます。
人から認められることは、大切なことです。
でも、どのように認められるかは大きな問題です。
「羨望」か「尊敬」か、あなたはどちらを求めていますか?(yoshi)

幸運に対する備え 

「幸運とは、チャンスに対して準備ができているということである。」西洋のことわざ

あなたには、何か願い求めていることがありますか?
変えたいと思っていることがありますか?
あるいは、幸運を手にしたいと思う時がありますか?

世の中でこの3つを手にしている人には、ある特徴があります。
それは、チャンスに対して小さな準備を怠らないということです。

準備をしていないと、いざ願望が手には入りそうになるとうろたえてしまいます。
変化に対して尻込みをしてしまいます。
幸運を幸運と気づかずに見逃してしまいます。

願望、変化、幸運には、備えが必要です。
まずは、出来るところからはじめましょう。(yoshi)

悲しみから抜け出すには  

誰もが、人生の中で悲しみを経験します。
悲しみは、自分にとって大切なものが何だったのかを教えてくれます。

悲しみは、大切なものを失ったり、傷つけられたりすることに対する感情ですから、必要なものでもあります。

しかし、しばらくたっても悲しみが癒えず、自分の気持ちを保てなくなるようならば、賢明な行動を選択する必要があります。

悲しみは、感情です。
感情は、行動の1つの要素ですが、直接コントロールすることはできません。

行動の中で、私たちが直接コントロールできるのは、行為と思考です。

感情は、特に思考と深いつながりがあります。
何を考えるのかによって、感情は変化します。

悲しい記憶を、くり返しくり返し思い返すとつらさは増していきます。
そして、体調も悪くなってしまいます。

思考はコントロールできます。
つらいことを思い出し始めたら、そのままにしておかないことです。

思考はコントロールできます。
悲しみから抜け出すためには、悲しい記憶に浸らない選択をすることです。

何もしないで、ジッと考え込む行動を選択すると悲しみの渦の中に飲み込まれてしまいます。

何かを始めましよう。

掃除でも散歩でも構いません。
ほんの少しのことでいいので、自分のためになることを選んで実行してみて下さい。

最初は、あまり効果が感じられないかもしれません。
でも、悲しみに浸らない選択をし続けることで、悲しい記憶は少しずつ確実に薄らいでゆきます。(yoshi)

ターン・テイキング 

上手にコミュニケーションしている人たちの会話をみると、ターン・テイキングで成り立っていることが分かります。
ターン・テイキングとは、情報のやり取りの順番のことです。
電話で話をする時には、言葉だけの情報交換ですから自然にターン・テイキングを行っていると思います。
しかし、面と向かってコミュニケーションをしているときにはどうでしょう?
お互いの話したいこと、聞きたいことはうまく伝わっているでしょうか。
一人は熱心に話し、一人は冷めているというようなことはないですか。
ターン・テイキングを意識すると、会話にはずみがつきます。
ターン・テイキングで大切なことは、相手が話している時には全身全霊をもってよく聴くことです。
そして、相手が話し終えたら、自分も一生懸命語るということです。
自分だけ話していては、相手のことを知ることができません。
相手の話だけ聞いていても、自分のことをわかってはもらえません。
コミュニケーションは、どちらか一方が頑張ってうまくいくものではありません。
あなたが半分、相手が半分、それぞれが協力することが必要です。
コミュニケーションは、お互いに会話の時間を分かち合うことです。
ターン・テイキングを意識することは、心配りのあらわれといえますね。(yoshi)

コミュニケーションで大切なことは? 

コミュニケーションで大切なことは、何でしょうか?

話す技術でしょうか?
聞く技術でしょうか?
それとも、話の展開を予測する力でしょうか?

たしかに、これらのスキルを身に付けているとコミュニケーションに役立つと思います。

しかし、話しは上手いけど一方的な人との会話は、面白くありません。
聞いてくれているけれど、心が感じられなければ、親密感は湧きません。
あまりに話の先回りされると、本当に理解しようとしているのか疑問に感じてしまいます。

コミュニケーションは、スキルよりも心配りの方が重要だと思います。

心配りが感じられれば、多少会話が下手でも親しみが感じられます。

コミュニケーションをとる時には、上手く出来るかどうかは、横に置いておきましょう。
自分を知ってもらうこと、相手を知ることに心を配れば、関わりとしては充分です。

スキルは、それが出来てから少しずつ磨きをかけても遅くはありません。(yoshi)

生涯にわたる関係ならば 

親子関係は、一生付き合い続ける人間関係です。
親子関係は、何があってもその絆が切れることはありません。

親子関係は、他の人間関係と違って、子どもに対する期待も自然に大きくなります。
そして、その期待がゆえに外的コントロールを使いやすくなります。

「今後のために」という理由で、外的コントロールが使われます。
「成功させたいから」という理由で、外的コントロールが使われます。
「周りからバカにされないように」という理由で、外的コントロールが使われます。

もし、家族の口数が少なくなってきているなら、注意が必要です。
言い争いが度々起こるなら、関わり方を変えるサインだと思って下さい。
言うことを聞かなくなってしまったら、出来ることは本当に少なくなります。

人間関係は、近ければ近いほどコントロールに対して反発し抵抗します。
コントロールするよりも、思いやりを示して下さい。

思いやりは、愛を形にする行為です。
良い行為は、人生で役立つ良いモデルとなります。
モデルを見て学び取ることは、自分で選べますから押し付けがありません。

思いやりを学ぶことが出来れば、コントロールしなくとも自分で人生を上手くやっていけます。

愛することとコントロールすることは共存できません。
どちらか一方を選択するしかないのです。(yoshi)

「愛があれば・・・」という錯覚 

愛には、4つの形があるといわれています。

親子の愛情を意味する「フィリア」、友情を意味する「ストルゲー」、異性愛を意味する「エロス」、そして神の示す無条件の愛をあらわす「アガペー」。

愛の本質は、無条件の愛です。
愛は、条件を付けた時点で、本質的には愛ではなくなってしまいます。
「フィリア」、「ストルゲー」、「エロス」の愛には、愛に関する錯覚が伴います。

「厳しくても愛があれば、伝わるはずだ」は錯覚です。
「思い続ければ、いつか相手に伝わるはずだ」は錯覚です。
「私の愛で、きっと相手は変わるはず」は錯覚です。

こうした錯覚の背後には、相手を変えたいという外的コントロールが働いています。

外的コントロールは、愛とは正反対のものです。

親子関係、友人関係、夫婦関係で人間関係が損なわれるのは、愛という名のもとに外的コントロールが使われるからです。

「愛があれば・・・」という錯覚には、注意しましょう。(yoshi)

協働関係を築こう!! 

仕事で大きな成果をだしたいと願うのであれば、恊働関係を築きましょう。
恊働関係は、「相手の成功は、自分の成功である」という関係です。

世界最大の流通王国を築いたウォルマートの創業者サム・ウォルトンは「人に何かを頼む前に、相手が何事かを成し遂げる手伝いをせよ」という名言を残しています。

自分の利益を考えるのは、当然です。
しかし、ただそれだけではありきたりの成果しか出せません。

人と人との相互作用が生まれ、恊働関係が築き上げられると、驚くような成果が生み出されるのです。

恊働関係で最も大切なのは、相手の利益を気にかけるということです。

人は、自分のことを気に掛けてくれていることを知ると安心して仕事ができます。
また、人は自分の利益を気にかけてくれる人を心から信頼します。
そして、力の出し惜しみをせずに、最大限の力を発揮して、その信頼を形にしようとするものです。

逆に、自分の利益に無頓着な人と仕事をする時には、損をしないように力をセープします。
また、頼まれた仕事だけに留めてきます。
最悪の場合は、手抜きをし、損害を生み出します。

誰かと一緒に仕事をするのであれば、自分の利益だけでなく、まず相手の利益を気にかけましょう。

そうすれば、成功の道がひらけます。(yoshi)
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