カウンセラーからのおすそわけ 2006年10月

スポンサーサイト 

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

何を言わないか・・・ 

言葉には、力があります。
言葉には、善くも悪くも影響があるのです。

人は、相手に「何を言おう」かと考えます。

でも気をつけて下さい。
いったん口にした言葉は、元に戻せません。
そして、言葉は一人歩きをはじめます。

「何を言うのか」は、とても大切です。
しかし、それ以上に大切なことがあります。

それは、「何を言わないか」です。

沈黙は金なり。

人生には、言わない優しさもあるのです。(yoshi)
スポンサーサイト

試練が人を強くする 

試練は、つらいものです。
できれば、避けて通りたいものです。

しかし、残念なことですが、ある時に試練は突然やってきます。

そんな時は、あえてその試練に挑みましょう。
そして、試練の中から強さを身につけましょう。

木は、地面に根を張って成長します。
強い風が吹くと、その風に耐えるために根を張って踏んばります。
激しい雨が降ると、その雨に流されてしまわないように根を伸ばして幹を支えます。
多くの嵐を耐えた木は、やがてりっぱな大木となって、その存在を示します。

試練は、誰の上にもやってきます。
その試練にどう立ち向かうのか・・・、
その時の態度は、その後の人生に大きな影響を及ぼすでしょう。

試練の時、それはあなた自身が試される時でもあります。(yoshi)

「患難が忍耐を生み出し、忍耐が練られた品性を生み出し、練られた品性が希望を生み出す」新約聖書 ローマ5:3‐5

素直な人ほど、よく伸びる!! 

上達する人の特性の一つに、素直さがあります。
素直さは、自己成長のための大きな力になります。

素直な人は、良いと思ったことに、すぐに取りかかります。
素直な人は、良いと言われたことを、とにかくやってみます。
素直な人は、基本に忠実です。

うまくいかないこともあるでしょう。

しかし、素直な人はそれで決してめげたりしません。
素直に、上手くいかなかったという事実を受け入れるだけです。

そして、素直な人はまた新たな取り組みを始めます。

「素直な人ほど、良く伸びる!!」

この言葉に感銘を受けたあなたは、素直な人かもしれません。
自分の感性を信じて、良いと思ったことに取りかかってみませんか?(yoshi)

自己評価能力を身につけよう! 

自分を成長させるのに、不可欠な能力があります。
それは、自己評価能力です。

自己評価能力は、自己肯定感とは違います。
自分自身をなるべく現実的に吟味する力のことです。
冷静に自分自身を把握する能力のことです。

健全な自己評価をするためには、次のようなことが大切です。

◎自分の求めているものと自分のしている行動を吟味すること
◎自分の行動が周囲に与える影響を吟味すること
◎自分の願っていることが自分に与える影響を吟味すること
(負荷は高過ぎないか…)
◎自分の物事の見方が自分に与える影響について吟味すること
◎成長のプロセスとして、時間的猶予をもって吟味すること

こうした事柄について自分に質問すると、自己評価が出来ます。

自己評価能力が高い人は、効果的に改善ができます。
自己評価能力が高い人は、成長の速度が速くなります。

これとは逆に、自己評価能力が低い人は、同じ失敗を繰り返しやすいでしょう。
自己評価能力が低い人は、一生懸命に取り組んでもなかなか上達しません。

自己評価能力を高めてみませんか?
成長を促す、効果的な質問を自分にしてみませんか?(yoshi)

議論のための議論を避ける 

他の人と意見が違う時、その違いついてよく話し合うことは大切なことです。
そして、その話し合いの中から有益な結論が導き出されることもあるでしょう。

しかし、時には結論を出さずに保留をした方が良いことがあります。
それ以上、話し合いを進めない方が賢明な場合があります。

多くの場合、話し合いを始めると何らかの結論を出したくなるものです。
でも、よく注意をしていて下さい。
中には、議論のための議論が行われている場合があります。

議論のための議論は、相手を論破することを目的とした議論です。
議論のための議論は、相手をコントロールすることを目的とした議論です。

議論のための議論からは、上質な結論は導き出されません。
議論のための議論からは、協力も生まれません。

話し合いの目的が、共通の課題を解決するのであれば良いのですが、ただ個人的な意見を通すことが目的になっていると感じたら、すぐに手を引いた方が賢明でしょう。

そのまま議論を続ければ、お互い、あるいはどちらか一方が傷付くことになります。
特に、相手と引き続き一緒に仕事を進めていかなければならない場合にはなおさらです。

議論のための議論を避けましょう。
そして、もう一度原点に立ち返って、お互いの目的が共通のものであるのかを確認し合いましょう。(yoshi)

愛情について・・・!? 

人は誰でも愛情を必要としています。
また、同時に愛情を与える相手を必要としています。
これは、【※愛・所属の欲求】を持っている人間の自然な特性です。

愛情は、思いだけでは伝わりません。
行ないをもってのみ、伝わるのが特徴です。
ここに、愛情を示すことの難しさがあります。

相手に愛情を示そうとするとき、覚えておくと良いことは次のことです。

本当の愛情は、包むこと。
相手を批判することなく、受け入れること。
行いによらず、人格そのものを受け入れること。

自己満足にならないように注意が必要です。
押し付けにならないように心配りが必要です。
そして、相手との調整が必要です。

愛情は、表現されなければ分かりません。

大切なのは、愛情表現を学ぶことです。
そして、愛情を素直を受ける術を身に付けることです。
より多くのものを与えた人は、より多くのものを受け取ることになります。

そして、そこに愛情豊かな人間関係が生まれてくるのです。(yoshi)

※選択理論心理学の用語集をご参考下さい。
http://shin-ei-cc.com/cgi/sh_data/sh_data/16_log.html

理論が必要な理由 

「選択理論を学ぶとどんな良いことがありますか?」と質問されることがあります。
この質問にお答えする前に、理論を学ぶことの意味を考えたいと思います。

世の中には、色々な理論があります。

科学、医学、教育、栄養、環境、心、人間関係、マネジメント・・・etc。
それぞれの分野に、それぞれの理論が打ち立てられています。

なぜ、人は理論を必要とするのでしょうか?

それは、何かを理解しようとする時に、理論があると役立つからです。
そして、新しい方法を考える時にも、理論が効果を発揮するからです。

理論がないと、同じことを再び再現するのは困難でしょう。
仮に成功したとしても、なぜ成功に至ったのかが分かりづらいのです。

理論がないと、次に起こることを予測することは困難でしょう。
出来事をプロセスで捉えることができず、連続性が持てないからです。

理論がないと、本質的な対応をとることは困難でしょう。
根本原因を追求することができず、目に見える現象にとらわれて、その対処に追われてしまいます。

理論がある方が、ものごとを理解しやすいのです。
理論がある方が、困った時に、効果的な対応を見つけやすいのです。

選択理論は、心と人間関係に関する理論です。

この理論を学ぶと、心の健康を維持しやすくなります。
そして、信頼と尊敬にもとづく、有効的な人間関係を持ちやすくなります。(yoshi)

自分で決めよう!! 

あなたは、物事を決める時にどのような決め方をしていますか?

あの人が言うから・・・という理由で決めていませんか?
みんながしているから・・・という理由で決めていませんか?

こうした決め方は、楽かもしれません。
でも、このような決め方は、せっかくの自己成長の機会を逃してしまう決め方なのかもしれません。

もしうまくいったとしても、それは「あの人が言ってくれたおかげだ」と感じてしまいませんか?
思うようになったとしても、「みんなの判断が正しかったのだ」と思ってしまいませんか?

仮に誰かが言ったことでも、行動する時には自分で判断をするようにしましょう。
みんながしているとしても、決断する時には自分の意志で行いましょう。

そうすれば、その結果から必ず何らかの学びがあるでしょう。

うまくいったのであれば、あなたの判断が正しかったということが確認できます。
思うようにならなかったとしたら、決断する時の基準を変えなければならないということが分かります。

自分で決めることの一番の利点は、経験を通して、自分の中に物事を決める時の基準が創られていくことです。
出来事や人に翻弄されるのでなく、自分の基準で決断して人生を歩んでいきませんか。(yoshi)

相手の良さを認める才能 

才能には、いろいろな現れがあります。

イエール大学の心理学者ハワード・ガードナーが分類した7つの知性を参考に才能を考えるなら、次のようなものが挙げられます。

・言葉の才能
・論理的、数学的な才能
・運動能力の才能
・立体的、工作的な才能
・音楽の才能
・相手の心の内を察する才能
・人間関係の才能

ここに挙げた才能の他に、とてもすばらしい才能があります。
それは、相手の良さを見つける、あるいは相手の良さを認める才能です。

人は、【※1力の欲求】の働きのゆえに、人の良さを素直に受け入れられないことがあります。
相手の良さを見つけることに、困難さを覚えることがあります。
相手の良さを認めることに、恐れを感じることもあるかもしれません。

このような時、私たちは「妬み(ねたみ)」や「嫉み(そねみ)」という感情を経験することになります。
この感情に駆られて行動すると、皮肉や批判などの【※2外的コントロール】が行われ、人間関係に深刻なダメージを与えることになります。

相手の良さを見つけ・認めるのは、勇気がいることかもしれません。
しかし、実は相手の良さを見つけ・認めることは、最も人を成長させてくれるものだと思うのです。

相手の良さを見つけるということは、人生の知恵を発見するということです。
相手の良さを認めることは、そこから学びがあるということなのです。

これらは、本からは絶対に学ぶことができません。
そして、この生きた教科書には果てしない広がりがあります。

相手の良さを見つけ・認める才能は、価値ある才能です。

このことを、この「おすそわけ」を読んで下さっている、ある方から教わりました。
感謝の気持ちを込めて、皆さんに「おすそわけ」したいと思います。(yoshi)

※1選択理論心理学の用語集をご参考下さい。
http://shin-ei-cc.com/cgi/sh_data/sh_data/16_log.html

※2※「選択理論心理学」をご参考下さい。
http://shin-ei-cc.com/cgi/sh_data/sh_data/10_log.html

才能を眠らせていませんか? 

「わたしには、才能がない・・・」なんて思ってはいませんか?

決してそんなことは、ありません。
誰にでも、形こそ違えど才能はかならずあるものです。

もし、あなたが「わたしには、才能がない」と思っているとしたら、
それはあなたに才能がないのではなく、
あなたの中にある才能が眠ったままだということなのです。

次の質問を自問自答してみてください。

心底、自分の才能を見つけたいと思っていますか?
その才能を得るためにどんなことをしてみましたか?
充分な期間取り組んでみましたか?
うまくいかなかったことばかりを見てはいませんか?
うまくいったことを、しっかりと意識していますか?
良いモデルを探しましたか?
一つのことだけに固執していませんか?
少なくとも、取り組んでいる間は「才能はかならず見つかる」と信じていますか?

あなたは、才能を目覚めさせるような取り組みをしているでしょうか?

まぎれもない事実があります。

それは、誰でも生活をしていく中で自然に経験値は上がるということです。
見るもの、聴くもの、感じるもの、味わうもの、嗅ぐものなど、
さまざまな出来事から経験値は確実に上がっていきます。
そして、こうした経験の中から才能は目覚めるのです。

才能が開花するまでの時間ときっかけは、人によって異なります。
ですから、才能を発見することは難しい、というのも事実です。

でも、あきらめないで下さい。
種は、必要な栄養を与えれば必ず芽を出します。

あなたの中に眠っている才能も同じことです。

才能を眠らせていませんか?
だとすれば、なんともったいないことでしょう。(yoshi)

罰と訓練 

相手に行動を改めて欲しいとき、ある人はよかれと思って相手に罰を与えます。
しかし、多くの場合、罰は本質的な改善をもたらしません。

罰は、【※外的コントロール】の行動です。
外的コントロールでは、その人の内面からの改善を期待するのは困難です。
外的コントロールでは、より上質なものを継続して生み出すのは困難なのです。

もし、本質的な改善を期待するのであれば、罰ではなく訓練が必要です。

罰は過去を問題としますが、訓練は現在の出来事を問題にします。
罰は感情的な制裁を伴いますが、訓練は理性的判断を伴います。
罰は主体的なものではありませんが、訓練は主体的です。
罰は教えはありませんが、訓練は学びの機会が与えられます。
罰は話し合いが持たれませんが、訓練は話し合いが持たれます。
罰は自己概念が低下し失敗者意識が強まりますが、訓練は自己概念が健全になり自信と意欲が湧き出ます。
罰は人間関係を悪化させますが、訓練は友好関係を築き絆が深まります。

これから相手に行動を改めて欲しいと思ってしようとしていることがありますか?

それは、相手にとって罰になるのでしょうか?
それとも訓練になるのでしょうか?(yoshi)

2000年日本選択理論心理学会ファカルティ研修資料「罰と訓練の違い」を
修整・加筆。

※「選択理論心理学」をご参考下さい。
http://shin-ei-cc.com/cgi/sh_data/sh_data/10_log.html

深呼吸しよう 

何事も力加減というものが必要です。

思うようにならないことがあると、身体に力が入ります。
一生懸命になりすぎると、身体に力が入ります。

このような時は、知らず知らずの内に身体に力が入ってしまいます。
本当は少し力を抜いた方が良いのに、自然に力が入ってしまいます。
これは、人間の特性なので仕方がありません。

思うようにならない時には、ゆっくり息を吐き、それから大きく息を吸い込みましょう。
熱くなり過ぎてしまったと感じた時には、ゆっくり息を吐き、それから深く息を吸い込みましょう。

そうすると、身体から余分な力が抜けていくのを感じるでしょう。

何事も力加減が必要です。
入れ過ぎた力は、深呼吸をして抜きましょう。(yoshi)

人は変わることができる 

「自分を変えたい」、「これまでと違う人生を送りたい」と思ったことはないですか?

選択理論は、「私たちの行うほとんどの行動は、選択することができる」ことを教えています。
「選択できる」ということは、「今している行動よりも、効果的な行動を選ぶことができる」ということでもあります。
つまり、人は変われる、人生を変えることは可能である、ということなのです。

自分あるいは人生を変えるのには、いくつか重要な秘訣があります。

これからできることを考えること。
他人を変えようとするのをやめ、自分が直接コントロールできることに尽力すること。
自分のためになることを考え、自分に対して誠実であること。
他人の【※欲求充足】に配慮すること。
自分の持っている能力を、分け与えること。

そうすれば、あなたの中で何かが変わり始めるでしょう。
そして、人生が新しい方向に動き始めるでしょう。

変わることを心底願い、本気になれば、人はいつからで変われます。
人生を変えることはできるのです。(yoshi)

※選択理論心理学の用語集をご覧下さい。
http://shin-ei-cc.com/cgi/sh_data/sh_data/16_log.html

すべての行動は、最善の試み・・・ 

私たちの行うすべての行動は、その時にできる最善の行動です。

うまくいくこともあるでしょう。
失敗することもあるでしょう。
時には、後悔することもあるでしょう。

しかしどの行動も、あなたのできる最善の試みだったのです。
その時、その場所で、あなたが取ることができた行動は、それ以下でもそれ以上もなかったのです。

ですから、必要以上に過去に思いを馳せるのはやめておきましょう。
自分の行動は、それが精いっぱいだったのだと受け入れましょう。

そして、今から何ができるのかを考えませんか?

これから考える行動は、これまでよりもっと良い方法が選べます。
これまでにない、あたらしい方法を試すことができるのです。(yoshi)

すべての行動には、目的がある 

私たちの行うすべての行動の背後には、必ず目的があります。
その目的は、【※基本的欲求】に関係していると考えられます。

愛・所属の欲求を満たすために、友だちに会いにいく。
力の欲求を満たすために、記録に挑戦する。
楽しみの欲求を満たすために、映画をみる。
自由の欲求を満たすために、書斎に籠る。
生存の欲求を満たすために、寝る。

「なるほど!!」と思える行動の背後には、必ず目的があります。

愛・所属の欲求を満たすために、おべんちゃらを言う。
力の欲求を満たすために、横暴に振舞う。
楽しみの欲求を満たすために、ギャンブルをする。
自由の欲求を満たすために、一人だけ違うことをする。
生存の欲求を満たすために、家の外には絶対出ない。

「何であんなことをするのだろう?」と思うような行動の背後にも、目的があるのです。

選択理論によれば、これらの行動の目的は、基本的欲求を満たすことにあると説明しています。
効果的・非効果的に関係なく、みんな基本的欲求を満たそうとしているのです。

よく考えてみて下さい。
あなたが普段している行動も、基本的欲求を満たすためのものではないですか?

すべての行動には、目的があります。

毎日が気分良く過ごせているのなら、基本的欲求がうまく満たせているのかもしれません。
しかし、気分が良いとはいえなのなら・・・、今している行動と目的が一致していないのかもしれませんね。(yoshi)

※選択理論心理学の用語集をご覧下さい。
http://shin-ei-cc.com/cgi/sh_data/sh_data/16_log.html

貧しいのに富んでいる人 

世の中には、あまり多くのものを所有していない人がいます。
そして、その中には貧しいのに富んでいる人がいます。

食べ物や着るものなどで贅沢をする経済的な余裕はないかもしれません。
趣味に時間を使っている余裕はないかもしれません。
そして、毎日の課題は一生懸命に生きることかもしれません。

でも、今日の糧が与えられ、生かされていることを感謝しているとしたらどうでしょう。
人のあたたかさとつながりを感じているとしたらどうでしょう。
そして、日々自分の存在を意識していられるとしたらどうでしょう。

このような人は、貧しいのに富んでいる人です。
厳しい状況の中でも、喜びを見出す力が与えられています。

人間の幸せは、その人の心が決めるのです。
置かれている境遇が決めるのではありません。

少ししか手にしていない人は、受け取った恵みを感謝できます。
そして、お互いに助け合うことや分かち合うことの大切さを知ることでしょう。

あなたの周りの人を良く見て下さい。
あなたの周りの人が笑顔でいるなら喜んで下さい。
あなたは、富んでいる人なのです。(yoshi)

富んでいるのに貧しい人 

世の中には、多くのものを所有している人がいます。
そして、その中には富んでいるのに貧しい人がいます。

大きな家を持っているかもしれません。
高価な車を持っているかもしれません。
流行りの服や装飾品を持っているかもしれません。
そして、必要なものは何でも買えるお金を持っているかもしれません。

でも、人を信じられなくなったとしたらどうでしょう。
感謝する心を持てなくなったらどうでしょう。
周りの人の気持ちに鈍くなり、思いやりが持てなくなってしまったらどうでしょう。

このような人は、富んでいるのに貧しい人です。
残念ですが、心が本当に満たされるのは難しいかもしれません。

人間の心は、弱いものです。
求めるものに終わりはありません。

多くを手にした人は、更に多くを求めたがります。
そして、常にお互いを格付けし、自分の位置を確かめたくなるものです。

冷静になって、周りの人を良く見て下さい。
あなたの周りの人が笑顔でいるなら心配はないでしょう。

もしそうでないなら・・・、あなたは、その人達に何ができますか?(yoshi)

できることからすればいい 

外的コントロールは、人間関係に害を及ぼしますが、自分に対して使うことも悪影響を及ぼします。

自分に対して外的コントロールを使うと、自己批判的になります。
自分に対して外的コントロールを使うと、自己卑下することになります。
自分に対して外的コントロールを使うと、自尊心が持てなくなります。

自分に無理な課題を課すと、その課題が外的コントロールの種となるのです。

「ああしなければならない」
「こうしなければならない」

「~ねばならない」という課題は、達成しても喜びを見出すことができません。
それどころか、それが出来ないと自分を責めることになります。

できることからすればいいのです。
自分に強制的な課題を課すことはやめておきましょう。

あなたの人生は、あなたのためにあるのです。
無理なく、精一杯の取り組みをすればいいのです。(yoshi)

努力は、必ずしも報われるとは限らない!? 

人生において、目標を手にするために努力することは大切なことです。

何事も努力!!
努力なくして、成功はありえないでしょう。

しかし、現実とは厳しいものです。

「努力は、必ずしも報われるとは限らない」という現実があります。

効果のないことに労力を費やしても、成果は得られません。
そればかりではなく、困ることがひとつあります。
それは、効果のないことを繰り返していると、その効果のない行動が習慣として身についてしまうということです。

効果のないことにエネルギーを費やすのはやめましょう。

そのエネルギーは、探究しようとしているものを知ることに費やして下さい。
そのエネルギーは、変化することに費やして下さい。
そして、そのエネルギーを上質を追求することに費やして下さい。

努力は、目標を達成するためではなく、目的を実現するために費やされることが大切なのです。

目的を明確にして下さい。
そうすれば、努力が実を結びやすくなります。

厳しい現実があります。
それは、「努力は、必ずしも報われるとは限らない」ということです。(yoshi)

助け手として大切なこと(4) 

助け手として大切なことの四つ目は、「対決」です。

これは、相手と対決するということではありません。
相手が抱えている葛藤に対して、本人自ら適切に対決できるようにサポートするということです。

例えば、相手と協力なくして成果は挙げられない。しかし、相手と仲良くしたくない。・・・というような場合、心の中では葛藤が渦巻きます。

この葛藤は、本人が自分と対決して、自分なりの答えをださなければならないものです。

良い助け手は・・・、
望んでいることと、していることが矛盾している場合にサポートします。
願っていることがあまりにも大きすぎて、負担が大きすぎる場合にサポートします。
周囲の状況を偏った見方で見ているために、つらい気分になっている場合にサポートします。

リアリティセラピーでは、これを自己評価と呼び、次のような質問をします。

「今していることは、望むものを得るために効果がありそうですか?」
「望んでいるものは、すぐに実現しそうですか?」
「その見方は、願いをかなえるために役立つと思いますか?」

現実は厳しいものです。

困っている本人が抱える論理的な葛藤は、誰も肩代わりできません。
遅かれ早かれ、自分なりの答えを出さなければなりません。

良い助け手とは、相手が自分の葛藤に対決する機会を奪わずにサポートする人をさします。
良い助け手とは、その人が対決を先延ばしにせずに、適切に自己評価できるように配慮する人のことです。(yoshi)

助け手として大切なこと(3) 

三つ目は、「純粋性」です。

純粋性とは、等身大で対応するということです。
自分の持てる限りの力を最大限に活かすと同時に、自分で限界だと感じる場合には無理をせずに率直に対応するということです。

場合によっては、もっと適切な人の手助けを得ることが必要かもしれません。
そのような人がいない場合には、現在の自分の心境を告げて、できる範囲の中での支援になることを告げることが必要だと思います。

助け手として、相手に対して正直・率直であることはとても大切です。
無理をすれば、効果的な対応が出来ないばかりか、相手との信頼関係も揺らいできます。

純粋で開放的な対応は、相手にとって良いモデルとなります。
純粋で開放的であることは、健康的な人生を送るためにとても大切なことなのではないでしょうか。(yoshi)

助け手として大切なこと(2) 

助け手として大切なことの二つ目は、「正確な共感」です。

「正確な共感」とは、何でしょう?
「正確な共感」のために必要なことは、どんなことなのでしょうか?

「正確な共感」と同情することとは違います。

「正確な共感」とは、困っている人が願っているものを知ることだと思います。
「正確な共感」とは、困っている人のありたい姿にフォーカスすることだと思います。

話しを聴いてもらうだけを期待している人がいるかもしれません。
誰かとの関わりを改善したいと思っている人がいるかもしれません。
問題解決をしたいと思っている人がいるかもしれません。

その人が、求めているものが何か?
どんな自分になりたいのか?

ただ単に苦情を聴き続けるのではなく、その人が求めているものにフォーカスすること、それが「正確な共感」なのではないでしょうか。(yoshi)

助け手として大切なこと(1) 

人間関係は、助け合いの関係でもあります。
誰かが弱ってる時には、あなたの力が活かされる時です。

さて、よい助け手になるために、どのようなことに配慮したら良いのでしょうか?
心理学者のCarkhuffとTruaxは、よい助け手に共通する特徴を4つ挙げています。

まず一つ目は、「個人的なあたたかさ」を保ち続けるということです。

問題解決をあせるあまり、現実的になり過ぎないように注意して下さい。
紋切り型の対応にならないように配慮することが必要です。

相手よりは、少し落ち着いていましょう。
批判せずに、ありのままを受け入れましょう。
失っているものではなく、まだその手にあるものに注目しましょう。

受容的で、支援的でありながら、問題の本質に目を向けることが「個人的なあたたかさ」を示すことにつながります。(yoshi)

本当に大切にしたいものは? 

あなたが大切にしていることは何ですか?
それに、取り組むことは、人生にどのような影響を与えることになりますか?

毎日、自分が本当に大切にしているもののためにエネルギーを注ぐことができたらどんなに良いでしょう。

自分が本当に大切にしているものを得るために、どのような工夫をしていますか?
自分が大切にしているものを得るために、どれくらい時間を使っていますか?

本当に大切なもののために行動することができるれば、人生は充実したものになります。

私たちの日々の生活の中では、さまざまなことに取り組まなければならないのが現実です。
役割として、しなければならないことがあるでしょう。
責任感から、しなければならないことがあるでしょう。

しかし、ただ流れに任せて日々の行動を決めていたら、本当に大切なものは後回しになり、いつまでも手にはいらないかもしれません。

時々、立ち止まって見直しませんか?

「私が本当に大切にしたいものは何か?」ということを…(yoshi)

言い訳から遠ざかろう 

言い訳を言ってしまうことは誰にでもあるものです。
でも、言い訳を言うのが好きな人は、誰もいないのではないでしょうか。

さて、好きでないにもかかわらず、人はなぜ言い訳を言ってしまうのでしょう?

それは、言い訳にもちゃんとした目的があるからです。
言い訳の目的は、現状に対処しようとすることにあります。
言い訳は、うまくいかない状況に対処しようとする時にとられる行動の1つです。
言い訳は、うまくいっていない人間関係に対処しようとする行動でもあります。

言い訳という対処行動は、自己防衛のためにとられるものです。
しかし、多くの場合、その目的を充分に達成することはできません。

言い訳に時間を割いている間は、自己成長が止まります。
言い訳を言い続けると、人間関係は弱っていきます。
言い訳を言っていると、自分が好きでなくなってきます。

言い訳は、言えば言うほど自分を望むものから遠ざけてしまうのです。

言い訳は止めておきましょう。
そのかわり、今からできることを考えましょう。

「今から自分に出来ることは何か?」
「求めるものを手に入れるために役立ちそうなことは何なのか?」

人は、過去を考えながら、現在を考えることはできません。
逆も然りです。
人は、現在を考えながら、過去のことを考えることはできないのです。


今に焦点を合わせて考え始めれば、言い訳から遠ざかることができるようになります。(yoshi)

数値目標でなく上質を!!  

人は、数字で物事を測るのが好きです。
しかし、数字は実際をそのまま測っているわけではありません。

このことを指摘したのは、統計学者のエドワーズ・デミング博士です。

デミング博士は、敗戦の日本に「改善」ということを普及させ、高品質の代名詞であるMade in japanを根付かせた立役者です。

デミング博士は、統計学者なので数字の利点と欠点を知っていました。
時に数字は、実態を歪ませてしまうこともあるのです。

例として、以前話題になったある官庁の保険料徴収率の問題が挙げられます。

保険料徴収率を上げるための方法は、一つは徴収件数を増やすことです。

しかし、もう一つの方法があります。

それは、分母にあたる対象者数を徴収しなくてすむように免除して減らすことです。
そうすれば、徴収率は上がります。

数字上は、目標達成していますが、実態として得ているものはありません。

数字には、分かりやすく測定しやすいという特徴があります。
そのため、人は目に付きやすい数字で物事を測定したくなるのです。

しかし数字のもう一つの特徴として、基準値(目標値)を達成するのと、それに伴ってエネルギーは減少する、というものが挙げられます。

デミング博士は、上質をライフワークとしていたため、上質を追及することから目をそらせる可能性があることから「数値目標やスローガン」の撤廃を訴えました。

数字を追い求めるのではなく、「質の高い仕事とは何か?」、「人々に喜ばれ、必要とされるためにはどうしたら良いのか?」というものを追い求めることが重要なのです。
数値目標ではなく、上質を追求するということの意味は、大きいと思います。

そのために絶え間ない改善が行われれば、「やる気が起こる」のではなく、「やる気
は自然に内側から湧いてくる」のではないか、と思うのです。(yoshi)

参考文献:『デミング博士の新経営システム論』W.エドワーズ・デミング 著、NTTデータ通信品質管理研究会 訳
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。